2014年08月14日

2014年08月13日のつぶやき




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高野和明「ジェノサイド」なかなかどうして、だけど...

,よく出来たエンタテイメント作品でしたね
創薬科学や人類史とかいろいろ難しいことも書かれているが
おおむね理解した
戦闘シーンはなかなかえぐいものだった
でも、ココを書かないと人類の歴史に踏み込めないし、
この中で書かれている人類、ヒトについての考察もリアリティが保てない。
 
事実、少年兵の話はこれを読む前から知っていたので新たな驚きはないが、
文字として読んでいても映像がイメージ出来るだけに辛かった

でも、この作品はまとめ方がヘタすぎる

この中でのヒト、現生人類についての考察が書かれている箇所を書き留めておきたい

 過去20万年間に亘って殺し合いを繰り返してきた人類は、常に他集団からの侵略に怯え、疑心暗鬼が被害妄想寸前の状態で維持され、国家なる防衛体制を作り上げて現在に至っている。この異常な心理状態は、人類全体があまねく共有しているために異常ではなく正常と見なされる。これが”人間という状態”だ。そして、完全なる平和が達成されないのは、他者が危険であるという確固たる証拠を、互いが己の内面に見ているからだ。人は皆、他者を傷つけてでも食料や資源や領土を奪い取りたいのだ。その本性を敵に投影して恐怖し、攻撃しようとしているのだ。そして、死をもたらす暴力の行使には、国家や宗教という後ろ盾が免罪符となる。その枠外にいるのは異人(エイリアン)、即ち敵だからだ。
 こうした悪徳に目をつぶってこられたのは、同種間の殺戮を非難する知性がヒト以外に存在しなかったからである。神すらも異教徒の殺害を奨励しているのだ。


これを読んでいたら、今世の中で起きているさまざまなことが結局このことを
言っているんだなと納得できた。安部首相が躍起になってる
集団的自衛権の行使とかもっと小さいことで言えばいじめとか…

人間性=残虐性だと書かれていたが哀しいかな間違ってはいないだろう


その他にも書き留めておきたいので、つづき

人間は、自分も異人種も同じ生物種であると認識することができない。肌の色や国籍、宗教、場合によっては地域社会や家族といった狭い分類の中に身を置いて、それこそが自分であると認識する。他の集団に属している個体は、警戒しなければならない別種の存在なのだ。もちろんこれは、理性による判断ではなく生物学的な習性だ。ヒトという動物の脳が、生まれながらにして異質な存在を見分け、警戒するようになっているのさ。そして私には、これこそが人間の残虐性を物語る証左に思える。


善なる側面が人間にあるのも否定しないよ。しかし、善行というものは、ヒトとしての本性に背く行為だからこそ美徳とされるのだ。それが生物学的に当たり前の行動なら賞賛されることもない。他国民を殺さないことでしか国家の善は示されないが、それすらもできないでいるのが今の人間だ。

この時期は、テレビでもかの戦争を忘れないようドラマや新聞でも特集が組まれて目にする機会が多いが、この本を読んでフィクションではあるが、ヒトについての考察は真理をついてる気がしてならない


この様な人間の残虐性を理解した上で、それをも凌駕するような行動をとれる人間。
この小説の中では、研人だが、ちょっとキャラとしては弱い
もっと思い入れができるキャラがいれば、もっと面白いのに・・・
ここがこの作品において肝になる部分のはずだから・・・

そうでないと、人間とはかくもつまらない存在としか思えなくなるからだ
救いがほしい
これなら人の世もまだまだ捨てたものじゃないと思わせてくれないと、
生きていくことが辛すぎる
posted by yue at 18:15| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする